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Column / コラム

須崎で愛される伝統の味を守りたい「丸共(マルキョー)醤油 / 竹中佳生子」

外国行きの資金集めで始めた
バイトで醸造と運命の出会い

ガーナでもっと学びたいと思っていたが帰国の日はやって来る。日本に戻るとすぐに再度アフリカへ渡るための資金を稼ぐためにアルバイト探しを開始。

ガーナで飲んだ「ギネスビール」の味に感銘を受けたのは本当だが、横浜の地ビール会社でアルバイトすることになったのは本当に偶然とのこと。ビールも醤油と同じく酵母菌を使って造られる醸造製品。
運命的というか自然の流れというか、自身のルーツに近い選択となった。

大学卒業後はそのままその横浜の地ビール会社へ就職する。
運命的なのは醤油と共通点のあるビール造りの仕事だけでなく、現在の四代目丸共味噌醤油醸造場の代表となり佳生子さんの夫となる栄嗣さんともこの会社で出会ってしまったことだ。

栄嗣さんも高知出身で生まれは中村、育ちは土佐清水市。ビールに関しては飲み比べをして味の違いをメモに残すほどの熱心な研究家。
佳生子さんから見た栄嗣さんは「とにかく今まで出会ったことのない魅力の持ち主で、どこが好きかと聞かれてもはっきりと言葉にできないが、とにかく夢中で目が離せない」

性格は土台をしっかりと固めてからその上に一つ一つ着実に物事を積み上げていく確実派。
勢いで突っ走ってしまう自分とは正反対の性格ゆえに「馬が合うというか安心して自由に動くことができているので、栄嗣さんにはとても感謝している」と言う。

夢中になると一直線な性格だという佳生子さん、「栄嗣さんとお付き合いを始めるとこれまで外国にばかり向いていた目が、一気に栄嗣さんに向かうようになってしまった (笑)」と照れ笑いしながら語ってくれた。


蔵を継ぐために須崎に戻り、
夫婦で力を合わせてマルキョーを支える

ビール造りに勤しむ横浜での生活を続けていると、「ビールも醤油も(酵母を発酵させて作るのは)似たもんや。ビールを作るくらいなら高知にもんてきて醤油を作ってくれ」と実家の父から何度も連絡が届くようになる。実家の蔵に戻ることを決意。

当時、何度告白しても振り向いてもらえない栄嗣さんに、最後の賭けで「実家の高知に戻ろうと思う」と打ち明けたが、あっさりフラれて高知への帰郷を決めたらしい。

若い娘が長年続いた蔵を継ぐために東京から高知へ帰って来たことで、地元の須崎では一躍期待を浴びるようになった。
高知新聞にも取り上げられ、若手のホープとして担ぎあげられる形に。

当時の新聞記事

ところが、その後、栄嗣さんとは遠距離恋愛から交際スタートとなり、その1年後に佳生子さんと結婚。
栄嗣さんも高知の須崎へ
Jターンしたのである。現在は夫婦二人で協力してマルキョーを支えている。

栄嗣さんは研究対象がビールから味噌・醤油に変わっても持ち前のひたむきさと天性の味覚でマルキョー醤油の伝統の味を覚え、更に美味しく進化させていく。

マルキョー醤油

二人は店だけでなく地元須崎の地域活動にも積極的に参加して町全体を盛り上げていくようになる。

地域活動のきっかけは
「須崎を未来のこどもに誇れる町にしたい」という想い

12年前に地元に帰ってきたときに感じたのは、須崎の町が寂れていく感覚。

須崎だけでなく他の自治体でも似たような雰囲気があり、町起こしの成功事例はよく耳にするようになってきたが実際に「活動」にまで結びつける人は少なかった。
嘆きや批判の声を上げるばかりで衰退していくのを手をこまねいていて見ているだけでは、自分たちの子どもの世代が大人になったときに、今よりも更に寂れた町になってしまっている。

自分の子どもには「何もしてこなかったから、こうなった」とは言えない。
「お母さんたちは未来のために、こういうことをしてきたんだよ」と胸を張って言えるようになりたい。

地域活性化の取り組みを始めたのはちょうど子どもが生まれてすぐの頃から。
地域活動により須崎の町が元気になるのは嬉しいが、子育てをしながら店の仕事もあるなかでの地域活動への参加は大変な面もある。

「自分たちが中心となって始めた活動の集まりを欠席するわけにはいかない」「小さい子どもを祖父母に任せて家を空けることは母親失格ではないだろうか」という考えに板ばさみになっていた時期もある。

「子育て、家のこと、町のこと、やらなければいけないことで手一杯になりもう駄目だ!」というときに夫に言われた言葉がある。

「分けて考えるき難しいがよ。一緒にやってしもうたらえいやん」。そう言われハッとした。

配達中の仕事に出た先で地域活動を同時にこなしたり、地域活動の中で地域と一緒に子育てしていく、といった具合に効率良く動けるようになった。
「自分たちの子ども世代に残せるものを」と始めた地域活動のなかで移住サポーターや須崎市文化財保護審議委員などの肩書きも増えていき、『すさき女子』というかけがえのない仲間にも出会えた。

 

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