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日本最後の木毛(もくめん)屋を引き継いでいくために。戸田商行

日本最後の木毛(もくめん)屋を引き継いでいくために。戸田商行

高知県土佐市にある日本最後の木毛屋「戸田商行」。取締役社長の戸田実知子さんに木毛(もくめん)作りにかける思いや日本最後の木毛屋として、今後の展望について伺いました。

1961年創業。木毛事業のはじまり。

日本最後の木毛(もくめん)屋を引き継いでいくために。戸田商行

戸田商行の創業者は夫の両親です。当時、山師という木立を歩いて木の売買をする商売をしていた父が、木毛(もくめん)に将来性を見出して木毛製造業に転業したのが最初です。1961年のことです。

私は1992年に嫁いで、夫と一緒に戸田商行に関わるようになりました。現在も夫が代表取締役なのですが、2010年に市会議員になったことを機に私が商売を引き継ぎ、2015年から経営させていただいています。

木毛は吸湿放湿性が高い
天然の緩衝材。

日本最後の木毛(もくめん)屋を引き継いでいくために。戸田商行

戸田商行で取り扱っている木毛は、主に赤松、杉、檜(ひのき)、楠(くすのき)の4種類の原木から作っています。それぞれ素材によって香りも効果効能も異なります。主な用途は高知県産のメロンやスイカ、徳島産のレンコン、その他全国の果物類などの緩衝材、植生シートの原材料や、雛人形やぬいぐるみの芯材として使われています。「軽くて自在に形を変えられる」という特徴から様々な用途で使っていただいています。

一番の特徴は、天然の緩衝材として吸湿放湿性が高いということです。高級感や温もりを感じられること。自然由来であることの安全性。緩衝材の性能としても紙には優っていて、反発力や復元性が高いので大切なモノをホールドする力が強いという特徴があります。

環境負荷のかからない
地球に優しい素材。

日本最後の木毛(もくめん)屋を引き継いでいくために。戸田商行

機能性としては、プラスチック製の方が使い勝手は良いと思います。しかも安い。ただ一番大切なところは、「製品(木毛)が出来上がるまでの工程で、地球環境に負荷がかかっていない」ということです。製造にかかるエネルギーコストが石油製品から比べると何百分の一のエネルギーで製造できます。

山から切ってきた木の皮を剥いで乾燥させた製品が木毛(もくめん)です。剥いだ木の皮や端材もすべて乾燥機の熱源として焼却しているため、廃材を出さない100%循環型で製造しています。持続可能な製品である木毛(もくめん)は、今後さらに注目される可能性を秘めていると考えています。今世界中で取り組んでいるSDGs(持続可能な開発目標)を体現する商品だという自負で、もくめん作りに取り組んでいます。

木毛(もくめん)の製造工程も創業当時から変わっていおらず、先人の知恵や技術も引き継いでいます。昔ながらの技術や知恵は古臭いと思われがちですが、実はそうではありません。今もなお商売として成立しているのは先代のおかげです。

人を大切にする経営。

日本最後の木毛(もくめん)屋を引き継いでいくために。戸田商行

先代から引き継いでいることとして、障がい者雇用を30年以上、途切れることなく取り組んでいます。父が丁寧に彼らの指導をしている姿を傍らで見ていて、「素晴らしいな」と感激したことを今でも覚えています。両親(先代)は、とても人を大切にする経営をしていたんです。

私がこの会社を引き継いでいる原動力は両親への敬愛です。両親をすごく好きで尊敬していましたから、「創業の二人の意志を引き継ぎたい」という思いが強くあります。

まだ、障害者への偏見が強かった時代から障害者雇用をしていることもあり、先代は「多様性を認め合い、人を大切にする」という信条で経営をしていました。

自らが率先して働き、労いの言葉を絶やさず、相手の力を信じ任せていた姿は、今でも私の脳裏に焼き付いています。私も父の信条を受け継ぎ、「人を大切にする経営」を追求し、父のようなリーダーになりたいと今でもずっと思っています。

事業を継続するために
取り組んだこと。

日本最後の木毛(もくめん)屋を引き継いでいくために。戸田商行

2013年に経営に携わりはじめて、まず最初に取り組んだ3つのこと。

ありきたりなことですが、最初は自社HPを作ることからはじめました。木毛屋でHPを持っている会社はありませんでしたから、「どんな人が、どんな風に、どんな材料で、どんな気持ちで木毛を作っているのか」を伝えなければならないと思いました。

その次に取り組んだのが値上げです。

木毛は高知県産の原木を仕入れ、皮を剥ぎ、切断して機械にセットし、職人技で丁寧に作っています。ですが資材ということで低単価で取引きされていました。

木毛屋さんが日本最後の一軒になってしまったのは、持続可能な単価ではなかったからです。現状の単価では次の設備更新の費用をまかなうことも難しい。値上げ交渉は「切られたら終わる」という恐怖がありましたが、全国の問屋さんを回って、丁寧に交渉をしてお客様にご理解頂きました。

もう1つは展示会出展(営業活動)です。

首都圏の展示会に出展することは、生産者自らが木毛の良さをPRし、多くの方に知っていただくために必要でした。

ご来場されるお客様の中には、木毛は端材で作った副産物と思っている方もあり、製造工程をしっかりとご説明しています。また「木を使うことは環境に良くないこと」という間違った情報をお持ちの方もいらっしゃいますので、国産材は現在、伐って、使って、植えて、育てる循環型のサイクルが求められていることなどをご説明しています。

もくめん屋として
生き残るために。

日本最後の木毛(もくめん)屋を引き継いでいくために。戸田商行

小さな会社が生き残るためには、会社のことをよく理解してもらい、ファンになってくれるお客様を増やすことが重要だと思います。HPやSNSを通じて情報を発信している中で、新聞やテレビなど、マスコミに取り上げていただく機会が増えました。

マスコミに取り上げていただくことは、第三者評価でもあり、社員や自分自身の自信にもなりますし、会社や木毛のことを分かっていただく大きなチャンスにもなります。

マスコミの出演に関しては、普段から寡黙に働いている職人(社員)は恥ずかしがりますから、必然的に私が出演することになります。人前に出ることは本当はあまり得意ではありませんが、そんなことを言ってはいられませんので、頑張って出演しています。4月からはYouTubeを始めました。「高知から木毛を発信する」という挑戦はこれからも続けていきたいと思います。

木毛を若い世代に
知ってもらいたい。

日本最後の木毛(もくめん)屋を引き継いでいくために。戸田商行

実際に木毛を使われているお客様から言われるのは、「綺麗」「こんな綺麗なモノに包まれて捨てるのがもったいない」といった嬉しいお言葉をいただきます。おかげさまで現在では、全国津々浦々、1000社以上の企業様とお取引させていただいています。

世の中にあまり認知されていない木毛。「20代〜30代の若い人たちに木毛を知ってもらいたい」という思いと、挑戦している姿勢を評価してくださる企業様もいてくださったので、新商品の開発に取り組んでいます。

日本最後の木毛(もくめん)屋を引き継いでいくために。戸田商行

自社商品がきっかけで新しいお客様と繋がるきっかけになりました。アイテム数は現在十数種類ですが、さらに商品数も増やしていきたいと考えています。

木には「ほっとする」癒しの力があります。長い間木と一緒に暮らしてきた日本人のDNAに刷り込まれていると思うんです。木毛を通して木の温もりを感じていただけたらいいなと思います。

この先も木毛屋を
引き継いでいきたい。

日本最後の木毛(もくめん)屋を引き継いでいくために。戸田商行

私は「日本で最後になってもこの会社を引き継いでいく」という使命感があります。

娘が2人いて、長女は私が経営を初めて数年経ったころ、「お母さん楽しそうに経営しゆうね。私、経営学部に行って経営の勉強したい。お母さんみたいになれたらいいな」と言ってきました。私は経営の苦しさに眉間にしわを寄せることが多かったので「そんな風に見えちゅうがや」ってビックリして(笑) 驚きと嬉しさでいっぱいになりました。

長女は去年卒業して、東京の企業に就職しましたが、それでいいと思っています。今の目標は娘に「継ぎたい!!」と思ってもらえる素敵な会社にすること。娘の人生ですから好きなように生きて欲しいですが、帰ってきてくれたら嬉しいなと思ってます。

大学3年生の次女も東京にいますが、「法律を学んだらお母さんの会社の役にに立つかもしれんね」と言って法学部に進学しましたので、妹の方にも望みをかけてまして(笑) 「お姉ちゃんと一緒に仕事してくれたらお母さん最幸に嬉しい! ついでにイイ男も連れて帰ってきてね〜!」と伝えています(笑)

より良い形で引き継げるよう、経営者として、母として挑戦していきます。