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世界一のレストランを高知につくる。「座屋」岡添将人

世界一のレストランを高知につくる。「座屋」岡添将人

「座屋(いざりや)」代表の岡添将人さんは、おもてなしの心と高知の食文化を大切にしながら、独自の創作を施した和食料理を提供することで、日本だけでなく世界でも高い評価を得ている実力派シェフです。しかし、彼が今まで歩んできた道は、必ずしも順風満帆ではなかったと言います。高知を拠点に神戸、銀座、スペイン(マドリード)にも出店し、世界を舞台に第一線で活躍する彼の半生を、今回は取材させていただきました。

目立ちたがりやなワンパク少年

世界一のレストランを高知につくる。「座屋」岡添将人

小学校の時から目立ちたがり屋で、クラスで一番くらい元気な男の子でした。
実家が朝倉駅の辺り(鏡川近く)で、よく川遊びに行っていました。

でも、あるとき川遊びが「禁止」になってしまいました。それがどうしても納得がいかず、担任の先生に泣きながら抗議していました(笑) 最後は僕が一方的に「それでもやる!」ってキレてたのを覚えています。

学生の頃から、納得がいかないことは納得いくまで突き詰める、とてもめんどくさいタイプでした(笑)

中学卒業後は南高校に進学しましたが、今の仕事につながるような要素は全くありませんでした。その頃は高校生活を満喫してました。好きな人が学年で一番くらい綺麗な人で、ただただ、好きな子を追いかけるのが楽しかった(笑)

高校の頃、将来やりたい仕事のイメージは残念ながらなくて。ただ人に仕えるのがイヤだったので、何かの経営者になりたいという思いは強くありました。

接客を学んだ
ガソリンスタンド時代

世界一のレストランを高知につくる。「座屋」岡添将人

高校を出て社会人になり、給料が良いという理由で「東洋電化工業」の工場で流れ作業の仕事に就きました。就職したものの仕事が全く面白くなくて、半月もせずに辞職。

その後、高知の企業では有名な入交グループの「入交石油」に入社しました。人と話をするのも交流を持つのも好きだったこともあって、すごく性に合っていました。

市内各所のSS(サービスステーション)に行って所長から接客サービス、話し方を一つずつ教えてもらいました。
アホな学生だったので丁寧語も使えず、土佐弁まじりの敬語で「〇〇ながですよね?」とか、全然スマートじゃなかった(笑)

ガソリンスタンドは、何百リッター売ったって、利益が多いわけじゃない。何が儲けるかというと洗車やオイル交換、水抜き剤などの販売です。
僕は給油以外の商品販売を「入交石油」の全SS中トップクラスの営業成績を出しました。

給油時の接客を競ったり、セールストークを審査する実演コンテスト「ドライブウェイコンテスト」の四国大会で賞を取ったこともあります。
二十歳の頃には「店長をやらないか」と打診されましたが、「社長になりたい」という強い気持ちがありました。

「車は好きだけど、ガソリンスタンドの社長は違うな」と断りました。
そこから「社長」になるため、自分に合う仕事を探す旅が始まりました。

経営者になるために

世界一のレストランを高知につくる。「座屋」岡添将人

ガソリンスタンドは、毎日いろんな業種の人が来る。例えるなら「飲み屋さん」。
いろんな話を聞いて、不動産屋をやろうかなと思いました。好条件の土地A1000万で買い、それを1500万で喜んで購入してもらう。「これは一番僕の得意分野かもしれん」とピーン!と来たわけです。これはいけるかもしれんと(笑)

けどよく聞くと「宅建という免許がいる」と言われて、僕の大嫌いな勉強をいっぱいしないといけない。コレは無理やと思った(笑) 宅建はすぐに諦めて、ご飯作るのも嫌いじゃないし、リヤカー引っ張ってたこ焼き屋でもやろうかと(笑) というのも「結果次第で給料が変わる仕事をやりたい」という思いからです。

個人事業主とか法人設立とか全く分かっていなくて、何かをやれば「社長」と思っていました(笑)

いざ、飲食の分野へ

世界一のレストランを高知につくる。「座屋」岡添将人

たこ焼き屋をやるにもスキルを身につける必要がある。ということで、最初に入ったのは「小西湖(しょうせいこ)」という今でもあるお店です。30年前すごく勢いのある繁盛店で、当時は4店舗展開していました。

とりあえず1年やって自分に合わないなと思ったら、とっとと辞めて次の合いそうな仕事を探そうと考えていました。早く開業への道をつかみたいという思いからです。

「小西湖」では2番手の料理人「よっちゃん」が僕を指導してくれました。この「よっちゃん」がめちゃくちゃ良い人で、ド素人の僕に丁寧に教えてくれた。最初に料理を教えてくれた彼のおかげで、僕は料理を好きになれたんだと思います。

料理を始めたのは二十歳で、料理の世界では遅い方でした。人よりも料理を始めるのが遅かったので、がむしゃらに仕事しました。

さらに技術を磨くため、「ホテル日航高知 旭ロイヤル」へ転職。22階レストラン&バー「エンジェルビュー」の和食部門で3年ほど働きました。作業量をより多くこなすことで、一つ一つの作業スピードを上げたかったんです。

ホテルは100人以上の多種多様なスタッフが働いているので、人との付き合い方や組織としてのあり方も学べました。

満を辞して「座屋 高知本店」OPEN

世界一のレストランを高知につくる。「座屋」岡添将人

「旭ロイヤル」の後に、「小西湖」の本店に出戻り転職。和洋中でそれぞれ料理人がいて、9人の調理場で200の席数を回していました。これまで和食を学んできましたが、はじめて洋食の部署で技術を身につけていきました。

そして、2002年10月1日(当時29歳)に満を辞して「座屋 高知本店」をオープン。数ヶ月後には半年先まで予約の取れない繁盛店になりました。

それから忙しい日々が続き、次に「海外に出店したい」という思いが湧いてきました。

海外に行くためには、「まずは知らない土地で繁盛店が作れないと無理でしょ」という考えに至りました。大阪か東京、東京は遠い。関西圏の中で選ぶなら、神戸は憧れの街でした。好きで遊びにも行っていたこともあって2005年に「神戸座屋」をオープンしました。

独立後の師匠は「他店の料理」

世界一のレストランを高知につくる。「座屋」岡添将人

神戸に出店してから料理のレベルが上がり、提供する価格も上がりました。
料理屋は平均単価でステージが変わります。客単価1,000〜5,000円、10,000〜100万円まで幅広いんです。

料理のスキルがグッと上がったのは神戸に出店してから。レベルの高いお店が神戸には多いので、どんどんレベルが上がっていく実感がありました。独立してからの師匠は食べに行った先の料理で、神戸には学びに行っている感覚でした。

子どもの頃から馴れ馴れしい、図太い性格は相変わらずで、食べに行った先の料理長に図々しくも「これどうやって作っているんですか?」と気になったことは納得いくまで聞いて、料理の技術を学んでいました。

当時、高知店では客単価4,000円で気張ってやっていました。1万円でも来てくれるお客様はいたと思いますが、1〜2万円払ってくれるお客様に満足してもらえる料理は提供できなかったと思います。

神戸店では6,000〜7,000円の価格にしました。そうすることで料理の幅も広がり、価格に見合った料理でトップを狙いに行きました。すべては繁盛店を作るためです。

一流が集まる「銀座」に出店するも…

2005年にオープンした「神戸座屋」も繁盛し、3年後の2008年には「銀座座屋」もオープン。
ところが、オープンしたものの 銀座店にはお客様が入らず、ノーゲストなんてざらにありました。

銀座店は地下1Fにあったので、「店先に看板がないからお客がこんがや」と立て看板を出すも変化はない。広告を出せば反応があるかと思い、月刊誌「東京カレンダー」に出稿してみても火もつかない。

試行錯誤しても、高知本店の開業から一度もなかったノーゲストが続く。家賃は高いし、人件費は高いし、開店から半年で1千万円の赤字に。どうしよう…と本気で困っていました。

ノーゲストから繁盛店に

世界一のレストランを高知につくる。「座屋」岡添将人

そんな折に、すごく力のあるブロガーが来店してくれました。ブロガーを生業としている人ではなく、大手企業の社長が書く個人ブログです。何千人も見ているブログに紹介をされたことで、ドンッ!とお客さんが増えたんです!

よっちゃんに次いで、この人にも超感謝しています。この人の紹介がなければ銀座店は潰れていたかもしれません。結局メディア。どこにどう載るかで生きるも死ぬも決まる。

今は情報化社会、店前の立て看板なんてほとんど役に立たない。影響力のある人やメディアがどのように発信してくれるかで、大きなきっかけが生まれる。ただ、きっかけ以後に続くか否かは、実力で決まる。

おかげで火がついて、そこから他のブロガーもたくさん来始めました。
一時期食べログで、評価が4.2まで上がりました。4.2まで評価が上がると、連日電話が鳴り止みません。ずっと満席。全16席の銀座店で1ヶ月900万円を売り上げました。

世界中の「食」を求めてスペインへ

世界一のレストランを高知につくる。「座屋」岡添将人

世界でもヨーロッパは繊細な料理のイメージがあって、フランスやイタリア、スペインの料理を食べてみたいという思いが湧いてきました。
中でもスペインはラテン系で高知っぽかった。もっと重要だったのは言葉で、スペイン語は世界第3の言語と言われていて、世界で21カ国が公用語で使われていました。

スペイン語を覚えたら世界中を旅しやすい。世界で勝負しやすいと思ってスペインに決めました。現在は、マドリードに3店舗展開しています。

スペインの各店も繁盛し、一流シェフが料理技法を伝えるスペインの料理学会で2018年、2019年と2度講師を務めさせてもらいました。僕は日本食の技法を会場の500人くらいにお話しました。手元をカメラで写しながら、スクリーンで映して解説する形です。1回目は通訳をつけましたが、2回目は自分の言葉で話したかったので、スペイン語でお話しました。

「迎賓館赤坂離宮」での晩餐会

世界一のレストランを高知につくる。「座屋」岡添将人

あるとき、外務省から僕宛に一本の電話がありました。最初人違いじゃないかと疑いましたが、話を聞くと、スペイン国王が来日し「迎賓館赤坂離宮」で晩餐会を開催するので、スペインで頑張っている日本人を招待したいということでした。

後に分かったのですが、ご招待いただいたのは以前、農林水産省・協議会主催の「Taste of Japan Honorary Award ※」を受賞したことがきっかけだったようです。会場には安倍夫妻やスペインでプレー経験のあるプロサッカー選手の乾貴士さんなど、各界の一流たちが参加されていました。

迎賓館の中で食事ができたのは、とても貴重で嬉しい体験でした。スペインで勝負をしたから貰えたきっかけだったので、かなり驚きました。

※現地の伝統的な日本料理レストランだけでなく、日本の食文化を取り入れたスペイン料理店やジャーナリストなど、6つのカテゴリーで特に大きな功績が認められる個人及び業者が選定される。via:Taste of Japan
Chef Japones de Cocina Japonesa部門(日本料理・日本人シェフ部門) 受賞者:岡添将人(懐石レストラン「IZARIYA」のシェフ) マドリードで本場の土佐の味を紹介する懐石料理店「座屋(IZARIYA)」のシェフ。高品質な日本産食材と高い技術から生まれた料理で日本料理の哲学をスペインに伝える。via:@Press

世界中を旅しながら食を極めたい

世界一のレストランを高知につくる。「座屋」岡添将人

世界の第一歩がスペインで、今はカンボジアへの出店を狙っています。いつかニューヨークにも出店したい。
ただ、僕はもう50歳になってしまう。これからは僕じゃなくて、社内の人間がその夢を叶えたいと思ってもらうことが今の僕の仕事です。社内の人間と僕とでWで夢を叶えていきたい。

今後は世界中を巡りながら、各国の一流シェフと僕とのコラボイベントを年2回くらい開催して、輪を広げながら規模も大きくしていきたいと考えています。
僕はじじぃになっても世界中を旅しながら、一流シェフと食と出逢っていきたい。

そして、今お伝えすることはできませんが、世界一のレストランを高知につくる事業を水面下で進めています。10年後にはお披露目できると思います。

世界で僕しか持っていない武器で世界一のレストランをつくる。ただ僕は「世界一の美味しい料理をつくる」という図々しい考えは持っていません。スペインで住んでいたからこそ、この思いに辿り着きました。

最終的には「高知駅前の4体目の銅像になる」「社会の本に載る」と言うのが僕の最終的な目標です。妥当、坂本龍馬でやっているので(笑) どうしたって目立ちたがりやの性が出てしまいます(笑)

馬鹿じゃないかと思われるような大きな目標。
それが目標にあれば、なんでもできそうな気がするんです。


編集後記

取材を経て、岡添さんの日々積み上げてきた経験が、確実に今の結果へと繋がっているなと感じました。そして「世界一のレストランを高知につくる」という10年プロジェクトも積み上げている真っ最中。10年後には必ず「世界一のレストランをつくる」という目標を成し遂げていることでしょう。

食の世界に魅せらている岡添さん、高知の人に「もっと食の魅力を伝えたい」と言います。そのワケを聞くと、こんな答えが返ってきました。

高知の人にもっと食の魅力を伝えたい。金額だけを聞くと、料理に2万円も払うなんてバカじゃない?という人もいると思います。初めから高単価でなくても、徐々に試してもらって、その価値や感動があるか、判断していただきたいです。

僕が高知滞在時のみOPENする座屋1Fの会席料理店「将人」では、本当に美味しい松葉蟹を出しています。僕の人生でも三本の指に入るくらい美味しい一皿。それより美味しい料理をなかなか食べれない。

その一皿を食べると、お客様はめっちゃ喜んでくれる。そこで僕は言うんです「幸せか不幸かわかりませんよ」と。この幸せの味を知ってしまったことで、この一皿に敵わない料理を食べて「やっぱりあの時の葉蟹がすごかったな」となることが…

「でも僕は幸せなことだと思う」と言います。なぜなら、本当に美味しい食は自然と笑顔になる。

たった一度の人生だから、僕は知らずに終わる人生よりもいろんな美味しいものを食べて、心が豊かになれる方が幸せなことなんじゃないかと思っています。それを知ってもらいたい。

だからこそ、僕は少しでも「美味しい」と感じてもらえるように、お客様一人一人に対して料理も伝え方も工夫を凝らしています。

世界で勝負する一流の料理を体感することで、まだ見ぬ食の魅力や深みを感じられるはず。岡添さんの自慢の一皿、ぜひ一度堪能してみてください。