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「観光業で、高知を活気づける」(株)オルトル / 横山公大

日本一の若旦那を目指す

 日々奮闘する中、旅館組合の青年部で地域活動や観光の仕事をやるようになり、全国に目を向けるようになってきました。
 
旅館の全国大会に行く機会があり、登壇されている先輩を見た時に心を打たれてしまって。
「井の中の蛙」というのをその時に知ったのですが、旅館の先輩方が地域のことも全国のことも、旅館のこともバリバリこなしているのを見て、「すっごいねゃ!」と強い憧れを持つようになりました。
 
そこから、「いつしか“土佐御苑”を日本一の旅館にしたい」という想いが湧いてきました。ただ「何を持って日本一なのか?」自分でも答えを見つけれずにいました。
その時にある先輩から、「日本一の山は、富士山やけど、二番は分からんやろ? 圧倒的な存在がナンバーワンぞ」と言われて腑に落ち、日本一を目指して取り組み始めました。
 
 

信念を持ってやり遂げること

意識の共有やタイトルを目指すために「朝礼コンテストに出るぞ」と社内で言ったとき、超反対運動が起こりました。
 
朝礼を導入することで良いことはたくさんあるはずなのに、入社したての社員さんから「読みたくないものを読まされて出たくもないセミナーに出て、したくもない朝礼をさせられました」と労働基準局に訴えられたんです。
 
すぐ呼び出しが来て、「匿名ですけど御社の社員さんから、こんな声が出てます」っていうのを言われて(笑) おいおいと(笑)
 
悔しくて、訴えに訴えましたが声届かず。結局2人辞めてしまったけれど、残ったメンバーは大切さを少しずつ分かってくれて。高知の「朝礼コンテスト」初出場で優勝。優勝後に注目を浴びて、本人たちもやる気が湧いてきて、2年連続で優勝。
 
社員や社長から反対されることも多々ありましたが、信念を持ってやり遂げることが大事だと感じました。
 
その後も、高知の「朝食ランキンング」1位や全国でも3位を取り、ただ仕事をするのではなく、とにかくタイトルを目指しました。
目指すことで、あきらかに社員さんの仕事に対する姿勢や、仕事に対する「誇り」が出ててきました。
 
2011年には、史上最年少35歳で全国の旅館の代表になりました。
そして旅館の日本一を目指せる、社員さんが光輝く舞台「旅館甲子園」を作り、日本一を目指すことで飛躍的に社員の意識が高まりました。
 
 
 

好奇心が膨れ上がって…

 タイトルを取るうちに、旅館のためだけでなく高知のために、後輩のために人脈をつなげていきたい。と感じるようになりました。
 
後継者としての自負もあったけど、創業もしたい!もっとチャレンジしたい!
40歳を過ぎて、「本当にこのままでえいかねゃ」と思うように。飲食も旅館も講演も、商品開発もしたい。新しく立ち上げるなら、いろんなことにチャレンジできる会社にしようと。
 
社長との確執もありました。会社を思う気持ちは同じでも、方向性が違う。
母親としてはすごく好きで仲良しだけど、会社の中では犬猿の仲でした。
社長に対して傲慢な態度を取っていて、謙虚さがありませんでした。
 
退職する前年に啖呵切ったことがあって、「もっと俺を自由に働かせてくれ! 次の年度に旅館を譲ってくれ、全力で旅館を盛り上げて行くき! 代を譲らんのであれば、俺は辞める。弟に譲るか、二人とも退任するか。決断をしてほしい」と。僕が40歳を超えたときでした。
 
その一週間後、役員会議を開いた時に、先代の祖母の仏壇前で、「弟の光寿を後継にする。公大、あんたは本当にようやってきてくれた。いろんなことを生み出してくれたことも分かっちゅう。あんたの意欲は旅館に止まらんやろ。もっと外に出ていろんなことにチャレンジしなさい」と決断してくれて、心がすごく晴れて。憑き物が落ちた感覚でした。
弟がいたからこそできたことでした。
 
 

高知のためになる事業を

僕としては後継者としての経営、兄弟経営を土佐御苑でものすごく学ばせてもらいました。
2016年に「土佐御苑」を退職後し、「株式会社オルトル」を立ち上げ、創業の苦しみと楽しみを同時に経験させてもらっています。
 
創業して約2年ですが、アルバイトさんを合わせると約50人の所帯に。最初はカフェを立ち上げ、講演活動や経営アドバイザー、発毛サロン、牡蠣小屋やメロンパン屋さんなど、利他につながる仕事は何でもやっています。
 
立ち上げる店舗は、外れに活気を生み出すために、あえて辺鄙な場所に作っています。
このモデルが構築できたら、様々な港に人の流れを作ることができるんじゃないかと考えています。
 
 

土佐のおきゃく高知の観光業を
盛り上げていきたい

「土佐のおきゃく」の実行委員長を務めているのも、大きな経験の一つです。
高知には「よさこい」という夏のビッグイベントがありますが、春には何もありませんでした。そこへ「土佐のおきゃく」を立ち上げ、今では経済効果8億円を生むイベントに成長しました。無から生み出したイベントで創業から携わっていたので、やりがいがありました。
いつも、地域のためになることを念頭においています。
 
これからも観光のプロフェッショナルとして高知の観光を盛り上げて行きたい。
観光はいろんな人がチャレンジできる、大きな産業の一つです。大学生や飲食を営む方、漁師さんや農家さん、観光業に携わっていない人も一緒に取り組んでいく必要があります。
 
観光業は現状、宿泊業界や旅行会社がメインなので、もっといろんな人のアイデアを入れなければいけないと感じています。
 
物事を決めるときの基準は、稲盛和夫さんの「動機善なりや、私心なかりしか」。
新しい事業始めようとするとき、動機は善なのか、そこに私心はないのかを自分自身に厳しく問い、決断するようにしています。
 
これからも社名オルトル(オルトルイズム:利他主義)の精神で、謙虚に、そして大胆に高知を活気づけていきます!
 
 

インタビュー後記

横山公大さんは30歳の時に、高知の講演会で大嶋啓介さんに出会い、衝撃を受けたそうです。
今では心の師匠であり兄貴分、親友でもある、今でも一番尊敬する人。
彼との出会いが公大さんの人生を大きく揺さぶってくれたと言います。その話の中で、今も大事にしている言葉に自分も感銘を受けたので、ご紹介します。
 
中国の古い諺で「二師三兄五友五弟(にしさんけいごゆうごてい)」という言葉があるのですが、人生は「二師三兄五友五弟」を探す旅である。
強烈な師匠を二人、三人の兄貴分、怒ってくれて、且つ自分を引っ張り上げてくれる兄貴分を見つけなさい。五人の友、相談もできてバカもできる大親友。
そして、自分のやりたいことや築き上げた物を伝えていく弟分を持つ。

 

 

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