高知でイベント会場やウェディング会場の装飾を手掛けるだけでなく、お花を贈るきっかけやシーンを提案し続ける「tomoni flwoer(トモニ フラワー)」。 言葉以上の想いをお花に込めて想いを伝えるお手伝いをするお花屋さんで、多くの人々の特別な瞬間から何気ない日常を彩っています。
今回は、株式会社tomoni の代表取締役であり、フラワーデザイナーとしても活躍する橋田智彰さんにどのような経緯でお店を築き上げたのか、そしてお花に込める深い想いについてお話を伺いました。
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豊かな自然に育まれた子供時代
僕は保育園の頃、喘息で外で遊ぶのが難しく、家でブロックやプラモデルを作るのが好きでした。小学校にあがり、体質改善のために武術を習ったり、少しずつ外で遊ぶようになり、どんどん健康になっていきましたね。
住んでいたところは田んぼや公園など自然が多く、魚を釣ったり友だちと外で遊ぶ機会も増えて楽しんでました。
中学、高校時代は部活や受験勉強に励み、大学受験で志望大学に受からず、一浪することに..。
挫折からデザインの世界へ
結局、神戸の大学に進学したものの、滑り止めで受かった経済経営学部はあまり熱も入らず、「キャンパスライフを楽しもう!」とテニスサークルなど4つもサークルに入って満喫しました。
でも、一浪してたこともあり、「何か将来に役立つ資格を取らないと」と思うようになり、 色彩検定を学んだり、CGグラフィックデザインの学校にも通って勉強していました。
クリエイティブ系の仕事に興味が向かっていたのは、若さゆえの「デザイナー」や「カラーコーディネーター」といった横文字の肩書に憧れていたのかもしれません(笑)。
でも、それだけではなく、デザインにはカタチとして残り続けたり、記憶に残るチカラがあることに惹かれていたんです。
大学卒業前には、色彩検定1級を取得し、CGグラフィックデザインのコースも修了。そして大学4年の夏にはデザイン会社の内定をもらい、そこで働きはじめることになりました。
多忙な業務の中で感じた”やりがい”
僕が最初に入社したのは売上高50億円超の大きな会社でした。神戸西宮に本社を構え、東京、上海にも拠点があり、10数部門ある中で、僕はファブリック製品を中心に扱う雑貨部門に配属。
ファブリックデザイナーとして、デザイン だけでなく、生産管理や通関/入荷処理も担当し、1人で3つの役割をこなしていました。
自分がデザインした商品が「イオン」や「サティ」などで販売され、お客様がそれを手に取ってくれるのをみて本当に嬉しかったです。
ただ、次第に自分が作ったものを直接お客様に提供し、喜んでもらえる仕事がしたいと思うようになり、入社2年目で辞職を決意しました。
会社を辞めた後は、自分で仕入れて加工、販売できる仕事を探しました。最初は青果やお肉の仕入販売も考えていましたが、たまたま住んでいたところの近くに生花市場があり、求人募集していました。
正直、当初は花業界について深く知っていたわけではありませんでしたが、花は軽くて扱いやすいく、何より人々の生活に根付いた特別な存在だと感じたんです。
市場で働けば、花の種類や扱い方を学べるし、花屋さんとのつながりもできると思い、迷わず生花の仲卸市場で働くことを決めました。
まるで修行。生花卸市場での激務
親会社が姫路でとても勢いのある生花市場で、僕はその子会社で働きはじめました。入社してすぐに激痩せしたのを覚えています(笑)。
仕事は販売が中心で、仕入れや入荷処理、ルート販売も担当していました。勤務時間はかなりハードで、1日18時間は当たり前。月の残業時間は300時間を超え、月に500時間働いていたこともあります(苦笑)
当時は、会社が神戸や大阪方面に事業を拡大しようとしていて、とても勢いがありました。
でも、売上が芳しくないと呼び出され、本社の道場で叱られることもあり、今思えば修行のような日々でしたね(笑)
ハードワークでしたが、そのおかげで花の種類や選定、扱い方をしっかり覚えることができました。また、高級エリアの芦屋や西宮を担当し、さまざまなお花屋さんと接することで多くの学びを得ました。市場の仕組みや物流なども理解でき、精神的にも鍛えられた経験でした。
経験を活かして次の段階へ
2年ほど働いた頃、もっと技術を身につけたいと思い、フラワー教室の先生に相談しました。
すると「いきなりお花屋さんに行くと視野が狭くなるから、ここにいきなさい」と、西日本最大の神前式場「住吉大社吉祥殿」を紹介して頂き、その装花部門の立ち上げに携わることになりました。
当時、装花部門は立ち上げたばかりで、社員は僕1人しかいませんでした。そんな中、婚礼予約は1週間後に10件以上あり、1人でこなすのは到底不可能でした。知り合いのお花屋さんに相談したところ、同い歳の男性がマネージャーとして助けにきてくれました。
最初の1ヶ月は、朝の4時に帰宅し、朝8時前に出勤する日々が続き、前職の経験がなければ乗り越えられなかったと思います。勤務時間も1ヶ月400時間を軽く超え、体調も崩してしましましたが、何とか乗り越えることができました(笑)
多様なシーンで培われた空間装飾
住吉大社吉祥殿の装花室で室長として3年半働き、売上も大台を達成することができました。ただ、和風の神前式を手掛けることが多かったので、次第に洋風のチャペル挙式にも憧れるようになり、30歳という節目で辞職。
その後、神戸で著名なフラワーコーディネーターが立ち上げたばかりの会社で働くことになり、当初は婚礼装花の制作、納品の仕事をしていました。
仕事に慣れてくると、お客様との打ち合わせにも携わるようになり、挙式後に感謝の手紙や喜びの声を頂くことが増えて、やりがいを感じました。しかし、結婚式の装花という一度きりの関係で終わるのがほとんどで、お客様とその後もお花を通じていい関係を築いていきたいという思いが強くなっていきました。
ちょうどその頃、部門の再編があり、3年働いた後に次のステップへ進むことを決断。婚礼の装花だけでなく、さまざまな婚礼装花や会場の装飾を手掛ける中で、空間装飾の技術や知識を学び、その経験はいまの財産になっています。
高知でお花屋さん開業
自分のやりたいことを実現するためには、起業しかないと思い、辞職後すぐに起業を決めました。
2013年の夏に高知に戻り、同年12月21日に「おびさんロード」の角地に9坪の店舗をオープンしました。15年ぶりの高知で仕事のつながりはゼロでしたが「高知でうまくいかないなら、どこでも無理だ」と覚悟を決めました。
当初は仕事も少なかったですが、営業活動を続けながら、直接お客様にお花をお作りして、笑顔で喜んで頂けることにとてもやりがいを感じることができました。
2年目からは結婚式場への営業をはじめ、店頭販売と婚礼装花の両立を目指しましたが土日に婚礼があるとショップを閉めざる得ず、経営の難しさも実感。
最初は生花が中心でしたが、徐々にドライフラワーなども取り扱うようになり、立地の良さもあり売上が伸びました。ただ、9坪の小さな店舗では売上の限界も見え始めていました。
2017年の夏からは、ショップとウェディングの両方に本格的に取り組み、新しい作業場と優秀なスタッフも増えてようやく安定した活動ができるようになってきました。
“tomoni flower”に込めた想い
「tomoni flower」という社名には「ともに 彩りのある日々を」というコンセプトが込められています。フェリシモ(FELISSIMO)の社長が出版した書籍の中に「ともにしあわせになるしあわせ」という素敵な言葉があり、それに共感して「tomoni flower」と名付けました。
「ともに 彩りのある」という言葉には、日常の中でお花を贈ったり、もらったりすることで、何気ない1日が記念日になるような、しあわせな1日が増えていくことを願っています。
贈る喜び、もらう喜び、携わる喜び。何気ない日常に喜びが満ち溢れる、そんな素晴らしい日々を積み重ねていくことが僕たちの役割であり、願いです。
お花を贈ることには、人と人とのつがなりを深めるチカラがあると思います。おもてなしの心や、大切な人への想いを伝える手段として、言葉以上の気持ちを伝えたいときにお花が贈られるのではないでしょうか。
お花を贈った瞬間に相手の笑顔が溢れるのをみると、僕はいつも大きな喜びを感じます。
特に女性が少女のような笑顔をみせてくれたり、感謝のことばをもらったりすると、その瞬間に贈られた方に想いが伝わり喜ばれたと実感ができて、とても幸せな気持ちになります。
世界で最も人生を彩るお花屋さんを目指して
僕たちが目指しているのは、店頭販売はもちろん、イベント装飾やウェディングで携わったお客様のその後の人生を彩り続けることです。
結婚記念日や出産、ファーストバースディ、七五三、入卒業式、そして還暦など長寿のお祝いまで、人生の大切な節目にお花を贈ることで、お客様の人生に寄り添ったお花のご提案、ご提供をしていきたいと考えています。
ただ1度の関係で終わるのではなく、お客様が再びお店に足を運んでくださるよう、贈る機会やきっかけのご提案を発信し続けていきます。
お花を通じて、日々の喜びや特別な瞬間が強く記憶に刻まれるよう、これからもお客様に寄り添っていきます。そして、特別な結婚式や思い出に刻みたい瞬間はもちろん、何気ない日常を特別な記念日にしていく、そんな「人生を彩るお花屋さん」を目指しています。
また、高知はユリ、グロリオサ、ダリアなど、全国でも有数の花の生産地です。この素晴らしい高知の花の魅力を伝えることも、僕たちの大切な役割だと感じています。
これからも、人生の節目や、年間の行事、何気ない日常を彩る提案、提供を続けて、毎日を大切にしつつ、成長していきたいです。言葉で伝えきれない想いを、お花で表現できるお手伝いができたら嬉しいです。
ともに 彩りのある日々を積み重ねていきましょう!
編集後記
橋田さんのお話からは、ただお花を扱うだけでなく、高知の地域活性化や未来の世代にお花を根付かせたいという強い思いが伝わってきました。「お花を通じて、県外から観光客を呼び込める場所やイベントをもっと増やしていきたい」という願いのもと、現在は桂浜に加えて高知城など、新しいスポットの可能性も探っています。
「大きなことよりも、できることを一つ一つ積み重ねていくことが、その実現への道を開く」と語るように、地域に根ざした活動を着実に続けています。
また、全国で人気を博している「高校生花いけバトル」を高知に呼び込み、イベントの立ち上げから審査員として関わっている橋田さん。彼は地元の子どもたちがお花に触れ、花を通じて成長できる「花育」にも力を入れています。未来を担う若者たちに、お花の魅力やその可能性を伝え続けたいという思いが、これからの高知をさらに彩るでしょう。
tomoni flower
高知県高知市土居町7−8
10:00~19:00 / 火曜定休
088-8565-187
HP tomoni-flower.com
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