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【BORSA / ボルサ / 鞄・靴修理 / 松本 誠】長く愛用してもらうため「息の長い修理」を

高知市内で鞄や靴の修理を請け負うBORSA(ボルサ)の松本さん。創業されて10年以上。「モノを大切に、永く愛用してほしい」と語ります。その背景には熱い想いがありました。
 
【ボルサ / 鞄・靴修理】松本 誠

修理屋との出逢い 

元々、神奈川の藤沢に住んでいました。高卒で当時は、介護免許を取り介護の仕事をしていました。実際に働き始めると自分の想像していたこととの相違もあり自分には合わないと思い退職しました。人間関係が合わなかったんです。その後アルバイトをしながら、何かしら手に職をつけたいと考え始めていました。
 
修理屋に目が向いたきっかけは、趣味のサーフィンつながりで靴の修理屋を営む方と出逢ったこと。
それから工房に出入りすることが頻繁になり、そうこうするうちに「修行したいな」と。無給で丁稚奉公のような形で修行させてもらうことになりました。先生からは「これはこうするんだよ、ああするんだよ」というような指導はありませんでした。作業するのを見ながら「見て覚えて」というような形で、先生が帰ると自分で試し試し修理にチャレンジしていました。
 
当時、修理屋では月に1万円程の小遣い程度の稼ぎしかなく、修理屋の営業後にアルバイトで稼ぎに行っていました。
1年半ほど見習いました。23歳の頃です。
 
 
 
 
【ボルサ / 鞄・靴修理】松本 誠

修理経験を積み、独立 

その後、靴の製造業を営む工場に勤務しました。工場なので流れ作業。1つのことをずっと1日中、その場所から離れられない。
単純作業の繰り返しが嫌で嫌でしょうがありませんでした。
 
そして工場長に頼み込み、メーカーの修理を担当している部署に行きたいと打診すると、たまたま話が通り修理を請け負うことができるようになりました。工場では1から10まで工程が見えるので、靴の構造などについて学びました。その後、総合修理屋で4年ほど勤め、修理全般をこなし独立。当時、家内が高知出身だったこともあり、高知にIターンすることに。
 
ですが独立後、赤字続きでした。売上も材料費を引くと全く残らず、毎月かかる工房の家賃だけがコストとしてかさんでいました。
3ヶ月で10万円の売上にもならなかった。前の会社に事情を話して半月勤務させてもらい、東京へ出稼ぎに行っていました。その繰り返しで、半年くらい食いつないでいました。その後、運良くテレビや新聞に取り上げていただき、そこから徐々にお客さんも増えてきました。
ようやく出稼ぎする必要もなくなり、修理の幅を増やすために機材も徐々に増やしていきました。
  

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