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Column / コラム

土佐茶PRの先頭を行く「日本茶インストラクター 」柿谷奈穂子

地元にこんなに美味しいお茶があるのに、どうして「静岡茶」のほうが重宝されているの?

津野山茶や沢渡茶を代表とする“土佐茶”のPRに取り組む、日本茶インストラクター・柿谷奈穂子さん。
東京で生まれ育ち、京都で茶の世界に足を踏み入れた彼女が今、静岡や鹿児島のブランド茶に埋もれてきた高知県産茶葉の価値を問い直す試みをしています。
そこには、人を通じたお茶との出会い、そしてお茶を通じた人との出会い―――“茶縁”がありました。

きっかけは、古都・京都で訪れた運命の巡り合い

本当に「早く高知へ戻りたい!」と思いながらスーツケースを引いて、人混みの電車に揺られながら実家に帰るんです(笑)

一年中、国内外からの観光客で溢れる渋谷区の出身。
生粋の街っ子として育つも、都会は人と人とのつながりが薄く、どこか寂しく感じていたといいます。
東京を出てみたい、という思いを抱えながら、博物館や美術館での学芸員の道も見据え、大学では日本美術史を専攻します。

子供のころから、日本文化には親しんでいた方だとは思います。人間が刻んできた歴史みたいなものの、意味を知るのが好きなんですよね。

表具師だった祖父の影響もあり、大学卒業後は掛け軸をはじめとした美術品の修復の仕事に携わります。
しかし25歳の時、自分が学生時代から住みたいと思っていた場所へ行きたい! と単身京都へ移住、呉服関係の仕事につきます。
そこでお茶よりも先に出会ったのは、のちの結婚相手となる須崎市出身の望さんでした。

仕事を通じて知り合った主人が、時間があればわざわざ宇治まで飲みに行くほどのお茶マニアで。一緒にカフェやワークショップに足を運ぶうちに、この世界にどんどんハマってしまったんですよね。

高知への旅、土佐茶の味わいと歴史の深さに触れて

はじめはあくまで“趣味”のひとつでしたが、学べば学ぶほどに興味が深まり、日本茶インストラクターの資格を取得。2011年には老舗茶舗・一保堂に転職し、店頭で茶葉の違いやそれぞれの楽しみ方を伝える販売の仕事を始めるまでに。
けれど、この時はまだ土佐茶をほとんど飲んだことがなく、のちに高知のローカル番組でレギュラーコーナーをもち、その魅力をPRするようになるとは想像もしていなかったといいます。

主人の仕事の都合で、須崎市へ移住するという話が出て。下見を兼ねて高知へ旅行した時、初めてその煎茶の質が高いことを知ったんです。

日本茶では稀な、生産の過程で発酵を伴う大豊町の特産・碁石茶をはじめ、近年の健康ブームでマスコミに取り上げられる機会は徐々に増えてきていますが、地元の人にとっても「高知県はお茶どころ」という認識は未だに高いとはいえません。

そもそも県産茶葉は、産地で“荒茶”として一次加工されると、静岡や鹿児島といった全国的に知名度の高い市場へ出荷・二次加工され、製品茶として流通してきた経緯がありました。

すなわち、本来の茶葉は高級茶に劣らぬ高い品質であるにも関わらず、「高知」の看板を外されたまま全国に出回ってきたといえるのです。

以前自分が販売していた京都のお茶はブランド力が強いので、お客様の方が価値を知っている場合が多く、販売もしやすい状況でした。でも高知に来てみると、これだけ良い素材があるのに産地が意識されていないし、わざわざ県外のお茶を飲んでいる人もあまりに多くて……。

地元の人にこそ伝えたい、県産茶葉の魅力とイマ

かつて県内に1000haあった茶の栽培面積は、5分の1にまで減少。
日本人の食生活の変化に加え、ペットボトルの緑茶飲料が爆発的に普及したことも相まって、家庭でお茶を淹れる機会は少なくなり、荒茶の価格は下げ止まっていたためです。

土佐茶の主な産地は、仁淀川や四万十川といった大きな川が流れる山あいの地域。茶葉は日光を浴びるとカテキンが増える性質がありますが、傾斜が急な土地は日照時間が限られるので苦味が抑えられます。朝晩の気温差が大きくて、川から発生する霧が多いのも、良質な茶葉ができるポイントですね。

しかし、こうした土佐茶の強みを生む地理的条件も、生産者の立場からすれば悩みの種に。ただでさえ農家の高齢化が進む中で、傾斜が急な土地では肉体的な労力も大きく、大型機械の導入などによる効率化も簡単ではありません。

苦境に立たされていた高知のお茶業界にとって転機のひとつとなったのは、意外にも2004年に発生した一連の食品の産地偽装問題。

口に入れるものがどこでどのように作られたのかに対して、消費者が敏感になる中、それまで特産品やブランド品のように産地が強調されることのなかった食品まで、ルーツを明らかにしようという流れが生まれました。

日本茶もまた例外ではなく、これまで隅に置かれてきた「高知」の看板を掲げ直した茶葉は“土佐茶”として見直されはじめ、2009年には県の産業振興計画の一部に組み込まれるまでになります。

土佐茶の全国シェアは0.3%ですし、情報力もまだまだ遅れていて。産地の現状を知ってもらうためにも、もっと土佐茶を飲んでほしいという気持ちがあります。

 

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