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すべてのご縁をCENに。お見合い成功率100%の結婚相談所【株式会社CEN / 甲木 良作】

結婚相談所CENの代表を務める甲木さん。ヤンチャボーイから学校教諭へ、そして結婚相談所の創業へとつながっていきました。
起業するまでには、不思議なヒトとの縁に導かれたそうです。なぜ結婚相談所を選んだのか?異色の経歴を持つ甲木さんのこれまでの経緯について伺いました。
 

お見合い成功率100%の結婚相談所【株式会社CEN】甲木 良作人生ドロップアウト。

高知で生まれて小学校の頃からずっと野球をやっていたんですけれど、高校時代に不祥事を起こしてしまいました。結局、退学になったんです。
 
退学後の選択肢があまりませんでした。
当時まだ16歳だったんですけれど、周りの大人が凄く動いてくれて、もう一回やり直しさせてくれる場を用意してくれました。
 
結局、ご縁があって一人で宮城の学校に行き、野球をもう一回やり直すことになったんです。
僕なりに向こうで一生懸命やり直して、野球もなんとか3年間打ち込みました。
 
 
 

恩師の言葉から
教師の道へ。

ちょうど高校の進路選択の際に、宮城県の親代わりになってくれた先生から「君は人が経験していない経験をしているし、挫折と失敗を人よりも味わってきてる。そういう生徒の痛みっていうのが分かってあげられると思うから、先生になりなさい」と助言されました。
 
自分で言うのも何なんですけど、もともと素直な性格だったので、何も疑うことなく「先生になるんやな」と思って「はい、分かりました」と応えました。
僕の場合「先生になる」って決めたら一切迷うことなく、「なるんや!」とすごい思い込みが強かった。今振り返ると潜在的に腑に落ちたんでしょうね。
 
当然のように大学でも教員・教職課程を専攻し、教員免許を取得。就職内定を得た大学最後の夏休みに高知に帰ってきたとき。
中学校野球の決勝戦やってるから父親と「一緒に観に行こうか」って。あんまり父親と出かけることもなかったんですけど、出かけたんですね。
 
そしたら学校の管理職というかトップの役員の方に偶然出会いました。たまたま父の知人でいろんな話をしている中で「君は進路はどうすんの?」と聞かれて。「野球をずっとやっていたので、教員になって野球をしようかと思っています」と言ったら、高校の先生と同じことを言われたんです。

そのご縁で高知県の私立の学校にお世話になることになりました。そこで点と点がCENでつながったんです。入り口と出口が。
僕にとって”シックリ”きたというか、すごく縁を感じました。キラッと光るものがあったので「こっちやな」と思いました。
 
 
 
 

お見合い成功率100%の結婚相談所【株式会社CEN】甲木 良作

転機となった一冊の本との出逢い。

僕の行った学校は、県外からたくさん生徒が来る学校だったので、高知の学校にいながらも全国から来た生徒と接せれるので新鮮でした。約6年くらい野球を教えながら、学生寮で一つ屋根の下で共に生活しました。仕事にスゴクやりがいを感じていました。
ですが、前々から「自分がどういう人生を生きていくのか?」とスゴク考えていて。悶々としていました。

転機になったのは、一冊の本との出逢いからでした。「ブルータス」という雑誌に”クリント・イーストウッド”が広告で1ページ掲載されていて。「人生は神様がくれたギフト」だと。ギフト。カッコイイこと言うなと。
 
生まれた時点で、宝くじ当たったより凄いこと。五体満足で産んでいただいて、自分はいろんなことに挑戦できる。
その広告を見て「後悔のない人生にするにはどうしたらいいか?」。多分カラダが動かなくなったとき「あれやりたい」「これやりたい」とか言ってもやれないんです。そこで「アッ、分かった!」と。

僕の中で答えは1つしかなくて、「自分のやりたくて、やらんかったとこに一番後悔しそうやな」と。「そんな人生嫌だ!」と30歳までに独立しようと思い立ちました。といっても26,7歳にかけて、何をして独立しようか正直分からなかったです。結局、1年半は独立するまでに悶々とする時期が続きました。

そこで自分の「やりたいこと」「やりたくないこと」「できること」「できないこと」をノートに書いたりしました。すると、ドンドン頭の中で精査されて行ったんでしょうね。必然と情報が入ってくるようになって。 
そんな折に、知人から「こんな仕事があるよ」と結婚相談所ビジネスの情報が入ってきたんです。
 
 
 

お見合い成功率100%の結婚相談所【株式会社CEN】甲木 良作不明瞭な結婚相談所のビジネス。

その頃から”婚活ブーム”というより、少子化の問題が顕著になってきていました。
少子化や晩婚化、非婚化。「最近の若者は結婚しない」というのが新聞やテレビ番組でも特集されるようになったり。社会問題になっていた時期だったんです。
 
知人から”結婚相談所ビジネス”の話を聞いたとき固有名詞は聞いたことあるけれど、そんなビジネスがあることを全くもって知らなかった。「ナンダそれは?」と調べてみました。
結婚相談所は、会費制で紹介したら課金が発生し、結婚した時点で報酬がもらえるビジネス。これを知ったときに「面白いんじゃないの」と。なぜなら需要はスゴクあるのに、プレイヤーは少ない。やられている方は高齢の方が多かったり、あまりクリエイティブにやっている人はいないなって感じていました。
 
僕自身、結婚相談所に対する疑問が幾つかあったんです。
「なんか怪しい」「なんでこんな高額な費用がかかんの?」「この相談所ってどんな人が運営してるの?」「事務所の雰囲気はどんな感じ?」。受けられるサービスやサポートもよく分からない。どんな人を紹介してくれるかも分からない。 なおかつ登録している人は、結婚できない人が最終的に行くようなネガティブなイメージしかありませんでした。
 
 
 

結婚相談所を
公(おおやけ)にする。

今は自分から積極的に発信していく時代。だから、「行っているサービスやサポート内容をガラス張りにできるんじゃないかな」っていうことに気づいたんです。
当時それをやっている企業が全国になかったので、「20代で全国の誰もやっていないからこそ、ひっくり返していきたい」と決意しました。
 
これを言ったら笑われたんです。周りからは「独身やのに指輪くらいした方がいいよ」「独身やのになんでできるが?」「みんな年上のクライアントやのに説得力ない」といろんなこと言われて、すごい逆風があった。
 
けれど若年性のことや、それに対するハンディを感じたことはありませんでした。そんなことよりも「どうやったら、結婚相談所が盛り上がるのか?」「どうやったら、会員さんや世間に認めてもらえるか?」と考えていました。逆風だからこそ、すごく興奮してきて。

もし上手いこといったら、会員さんにも結婚したら喜んでもらえるし、そのご家族やご友人、周りにいる方も喜んでもらえる。それで結婚したら、お金が入ってくるから僕らも喜べる。これが世に言う「世間よし、売り手よし、買い手よしの。三方よし」。近江商人的な発想で、みんながウィンウィンになる。こんな素晴らしい仕事ってコレしかない!

これまでの胡散臭いネガティブなイメージが横行していること自体が間違っていると思いました。

僕の中での目的は明確で、「”誰にでも出会える”ということを公(おおやけ)にすること」が目的です。出会いたい人なら誰でも公平に出会えるようにすることが僕らのミッション。明確な使命があるから、その明確な使命に沿って行動しています。具体的にはソーシャルメディア、ブログサイトの運営には力を入れています。
常に「ご利用レポート」や僕たちの「考え方」「会員さんとどういう話をしたか」「会員さんはどんなプロセスで成功(結婚)に至ったか」というのも発信しています。

とにかく、第三者が見やすいように情報発信していくことにしています。
 
 
 

最初の目的を達成するために。  

2015年には、ブログで年間250本の記事を書きました。それが全国的にすごく注目していただきました。福岡や大阪でブログ運営の成功事例として発表させていただいたりして、今は全国の相談所さんもブログを積極的に運用されています。それを1年で成し遂げたことで僕の中ですごく自信になりました。

結婚相談所に目が向いたきっかけは、「とにかく面白い!」と思ったことでした。
プロ野球のイチロー選手もこの前言っていましたが、僕が「これをやる!」と言ったらみんな笑うんです。 僕には見えるものが、みんなには見えてない。”やっていける”という確信があったから何も疑わずに進んでいたんですけれど、みんなには見えてないんです。半歩先のことは。持論では「人に笑われるようなことをやらないかん」というのはあります。
 
今後3年は、しっかり会員さんの分母を増やします。会員さんが増えることで、出会える確率が高まるからです。それが会員さんたちに対するサービスを還元していくことになります。
「結婚相談所を公にして、誰でも出会える機会を作っていく」という最初の目的には届いてもいないので、しばらくは今の事業を追求していきたいですね。
 
結婚相談所の成果は、「結婚をしていただくということ」。といっても「結婚」するのは簡単なものじゃないと思うんです。けれど2016年に入って、今のところ9ヶ月連続でウチの会員さんで結婚されています。
同業の方だったら分かっていただけるんですけれど、これはなかなか凄いこと。続けて結婚していただけていることは嬉しいです。
 
このままおごることなく突き進んできたい。最終的には会員さんがゼロ(全員に結婚していただくこと)にならなくてはいけないので、そこの究極の究極の目標に向かってやるだけですね(笑)

そして、
末永く幸せな生活を送っていただきたいです。
 
 

インタビュー後記

甲木さんと話をしていると、とにかく”前へ前へ進んでいこう”という勢いを感じさせます。
「したい」じゃなくて、「する」と覚悟を決め、決断することの大切さを改めて教わりました。

「人は自分が”それになる”と決断していたら、アクションすること意識も勝手にその方向へ進む」と話されていました。

最後に、甲木さんが30歳までに起業すると決意する要因の一つになった論語をご紹介します。
「子曰く、吾十有五にして学に志す、三十にして立つ、四十にして惑わず、五十にして天命を知る、六十にして耳順う、七十にして心の欲する所に従えども、矩を踰えず(私は十五才で学問を志し、三十才で学問の基礎ができて自立でき、四十才になり迷うことがなくなった。五十才には天から与えられた使命を知り、六十才で人のことばに素直に耳を傾けることができるようになり、七十才で思うままに生きても人の道から外れるようなことはなくなった)」
 

高知の結婚できる出会いなら
結婚相談所CEN

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