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【建匠社長 / 西村 龍雄】想いを重ねて実力を積み上げる

【株式会社 建匠】西村 龍雄才能がないからこそ、
積み重ねる

自分に才能がないのは、知っているので積み重ねを大切にしています。小さい頃から何かをパッと器用にやって、ダーッと一気に成果が出せるようなタイプじゃないんですね。
何もないことを分かっているから、積み重ねることを知ったことは一番の武器。空手で学びました。

空手の試合でも3年間ずっと勝てなかった。何回も負けて、だけどずっとトレーニングを重ねてを繰り返して、年月が過ぎても不思議と心は折れずに続けていました。
結局、中学生でちょっとずつ勝てるようになってきて。二十歳のときに、強くなってきた実感を得ることができました。10歳から空手を始めて10年。そこの原点があるから、職人の積み重ねがあります。

空手ができなくなったとき、もう一回積み上げようと立ち直れたのは旅人の期間があったから。
体を壊しているので、職人としては欠陥品。あのままだったら腐っていたと思います。

まずは、ピンチのときに自分の足で立ち上がること。それがやっぱり大事。
すべての突破口のきっかけ
なんだと思います。

建匠 モデルハウス高知で運命の出会い

半年間の旅から高知に帰ってきて、運命の出会いがありました。
たまたま徳島の不動産屋さんが高知で事業をするのに、大きな仕事があったんです。大津バイパスにある「大津ひなたタウン」です。

新しく造成した120区画の分譲地で、全然売れなくてゴーストタウン化してたんですね。その土地が宙ぶらりんになって、全然動いてなかった。
それを一括買いして、徳島と同じ金額(高知の相場の3分の1)で売りに出すことを計画していました。

その不動産屋さんが「若くて粋の良いヤツおらんか」と現場にあちこち聞いて回っていたらしく、「一人おるよ」と行き着いたのが私でした。
紹介してくれた方は、前の会社で協力していた水道会社の職人さんでした。

その後、会ったときに気に入ってもらえて「こういう事業をやるんやけれど、一緒にやってみんか」と言われて。当時、高知にはないビジネスモデルでした。
すぐに「一緒にやりましょう」という話になり、「西村さんの家もついでに売ってやるわ」と言ってくださいました。建てるのは得意だけれど営業をしたことがなかったので、「ありがとうございます」と。これでイケると思っていましたが、大誤算が起きました。

120区画の分譲地を売り切るには3〜5年はかかるのですが、「ひなたタウン」は2週間で完売したんです。その状況は、全国的にも最速じゃないかと思います。
バブル経験者も驚くほどの早さ。売り出し初日に言われたのが、「西村さん、ごめん自分でやって!西村さんに手をつけてる場合じゃない、自分たちので手一杯や!」と(笑)

【株式会社 建匠】西村 龍雄日本一の業績を叩き出す

しょうがなく「わかりました」と言ったものの、「営業しことないぞ〜、どうしようかな」と考えたときに、一番最初に思ったのは、「ひなたタウンだけで勝負しよう」ということ。
ひなたタウンを将来の「仮想高知県」に見立てました。建築条件が付いていないので、ハウスメーカーも高知県のすべての工務店も私一個人も、五分五分の勝負ができる。

エリアを限定することで有利に働く。なぜならば、1人しかいないから。機動力が違う。
弱者が強者に勝つには、一点突破。絞り込みをする。これはスゴく大切なこと。

「この場所で圧倒的に勝てるんなら、やれる」
そこから、また目覚めたんですね(笑)

住宅価格を998万円で売り出すため、建築にかかる原価を年間100棟建てている住宅会社と同等に下げることができました。
他の住宅会社なら原価割れする価格です。

100棟クラスの原価まで下げれたワケは、1ヶ月間に18棟契約したから。2億3千万円くらい。
18枚の契約書を持って材料屋さん他と交渉し、大手住宅会社と同じくらいの原価にすることができました。

会社の経費が一人だから、0円。
建匠よりも小さい会社が存在しないんです。だからこそ、998万円(税込)の高品質ローコスト住宅を実現できました。

そもそも、ひなたタウンの60棟を取ろうと思っていたんですね。60棟の理由は、高知で1位の住宅会社(和建設)が年間50棟だから。
初年度に60棟建てたら、圧倒的1位になれる。半年で30棟建てたときに会社に余力もできたし、60棟はイケると思ったんです。結果的には、40棟ほど建てました。
体は結構ギリギリでしたけどね。毎日鼻血出てたので(笑)

3年後に全国に出て初めて分かったんですけれど、半年の売上が4億円だったんですね。
つまり、そのまま仮に60棟やれたとしたら年間で8億円になる。

一人あたりの年間売上高の日本全国ランキングがあって、当時の日本一が1億7千万。
8億だと5倍になる。半年で4億をやり切り、日本一の数字を数字を出せた
とき、将来的にも自信に繋がりました。

 

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