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「乗り越えられない壁はない。死ぬこと以外かすり傷」(株)グラディア / 森本麻紀

高知のご当地グルメとして名の知れた「龍馬バーガー」を生み出した「5019(ゴーイング)PREMIUM FACTORY」代表の森本麻紀さん。自動車販売店のガレージから始まったお店ですが、着実に成長を続け、世界進出も果たしています。ゴーイングを成功に導いた森本麻紀さん。20代の頃から波乱万丈な人生を歩んできたと言います。その背景に迫りました。
 

おてんばな箱入り少女

めちゃめちゃおてんばな女の子で、親も困ってました(笑)
女の子で一人だけ、地元の相撲大会にも出ていました。今も変わらず、おてんばなのかもしれませんね(笑)
 
親戚の宴会で、いろんな芸やモノマネを披露するとおひねりがもらえる家庭環境で、子ども頃からよく芸を披露していました。
 
商売人の家系で、両親が野市でギフト屋をやっています。
格闘技が大好きで、小学校の頃は女子プロレスラーになりたいと思ったこともありました(笑)
一番なりたかった職業はCA(キャビンアテンダント)でしたが、背が足りなくて諦めて。
 
三人兄弟の長女だったので、父は「県外に行くと、お嫁に行って帰ってこんなる」と私が県外に行くことは絶対に反対でした(笑)
 
 
 

実家のギフト屋に就職

本当は短大に行きたかったのですが、私が高校を卒業すると同時に弟が生まれるタイミングで、実家のギフト屋に就職しました。
 
当初は事務員として入りましたが、勉強も好きじゃなかったし、机上でする仕事が大っ嫌いでした。
やっぱり人としゃべりたいし、体を動かした仕事をしたくて、入社後半年で営業に変えてもらいました。
 
もともと人好きで、異動してからは売上成績を上げることが楽しくて、やりがいを感じていました。飛び込み営業なので、いろんな酷い言葉を浴びせられたこともありましたが、それも勉強になりましたね。
 
社会人になって、学生の頃からやりたかった「よさこい祭り」に参加しました。
そのとき同じチームの踊り子さんだった今の主人と出会って、当時主人が高三。そこから付き合い始めて、高校卒業と同時にスピード結婚しました。
 
 
 

保険会社で全国トップ

森本麻紀|株式会社グラディア 
トントンと長男、長女を産んで21歳のときに、3年間の代理店育成制度のある「日本興亜損保」という保険会社に入社しました。
私は手に職がなかったし、会社に入ると資格が取れて、自分で起業できるということで決めました。
 
毎月ノルマを達成しないとクビ、試験も落ちたらクビという、とても過酷な会社でした。
 
子育てしながら、めちゃめちゃ勉強して、営業して。成績もランキングでは全国で2位、西日本では1位の成績を出させてもらいました。
 
3年経った24歳のときに、代理店を立ち上げました。
これは今も続けています。
 

父親の会社が倒産
多額の借金を背負い混む

私が起業すると同時に、主人の父親が経営していた自動車販売の会社が倒産…。
大変なことになり、そこから半年間は代理店の仕事をしつつ、主人と私は実家のギフト屋で働くことになりました。
 
主人は高校卒業後、ずっと車屋をやってきていたので、車屋の仕事を友人やその周りの方々に支えられながら、食いつないでいました。借金もめちゃめちゃ背負ったし、ヤクザにも拉致られました(笑)
 
そのときに、命だけは取られんと思いました。
逃げずに、きちんと話せば道は開けるということを24歳で知りましたね。
それから、「どんなことがあっても、絶対に逃げない」という気合が入りました。

 

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