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【TSUYOSHI UDATSU / 宇田津 毅】「カッコ良さ」を追求したインダストリアルインテリア

インダストリアルスタイルのハンガーラックやアイアンシェルフなど鉄製店舗什器を製作している宇田津さん。現在ではイタリアの大手ファッションブランドや有名芸能人からのオーダーも請け負われています。ですが、最初からアイアン加工に惹かれていたわけではありませんでした。製作にかける想いや背景について伺いました。

「カッコ良さ」を追求したプロダクト。

【UDW】工房

根底にあるのはROCK。

 ブルーハーツに影響を受け、中2のとき新聞配達で貯めた2万円でギターを買った (笑)。当時の夢はロックスター。高校卒業後は本気で音楽を仕事にしようと、何のツテもなく上京。このとき没頭していたのは音楽でしたが、将来的には好きなものを仕事にしていきたいと漠然と考えていました。
 
バイトをしながら、楽曲作りを行っていました。何より苦労したのがメンバー探し。同じ想いでバンドをやっていけるメンバーを探すのに数年かかってしまいました。
 
やっと集まってライブハウスにも出演していましたが、手応えや充実感をあまり感じられず辞めることを決意。スタジオで出会ったプロミュージシャンの方には楽曲作りをやめるのは「もったいない」と引き止めてくださいましたが、音楽を生業として生きていくことへのイメージが持てませんでした。結局、バンド結成から2年程で、先の見えない音楽生活に終止符を打ちました。そして25歳で高知へ帰り、結婚。
 
 

 【UDW】作業風景

職人としての基礎を築いた鉄工所。

 「若い頃は表現するものがたまたま音楽だったというだけ」 元々なにかを生み出すことが好きでした。職人を目指す直接のきっかけになったのは2000年から勤務していた鉄工所。そこで仕事をしながら、「いつもなにか作りたいな」 と漠然とは考えていました。そのモチベーションが抑えられず、スクラップでオブジェを作り始めていました。
 
何か興味の湧いたものには、夢中で取り組む。けれども、鉄のオブジェ作りは趣味の範囲だと思っていて生業にしようとはまだ考えておらず、アメリカから輸入したヴィンテージグッズを販売しようとしていました。
 
 
【UDW】作業風景 

転機となったアーティストとの出逢い。

 ヴィンテージグッズの輸入販売で起業しようと動き回っていた頃。ディスプレイの参考に買った雑誌「Free & Easy」(※1)に紹介されていたティキアーティストのハンセン神谷さん(※2)のことを知りました。ハンセンさんの工房の「カッコ良さ」に見惚れて、「会いに行こう!」と思い立ち、その日のうちにアポイント依頼のメールを本人に送りました。今思えば、人生のターニングポイントです。
 
「神奈川に会いにきなよ。」とハンセンさんから連絡をいただき、趣味で作ったオブジェを持って会いに行きました。見ず知らずの自分を招いてくれて、親身に話を聞いてくれた人間性にも惹かれました。その彼に持参したオブジェを評価していただき、背中を押していただいたことが自信に繋がりました。漠然としたものが道筋として見えてきた。
 
そのことがきっかけで、やろうとおもっていた輸入販売での起業を辞め、自分の作品で独立しようと決心しました。結果的に、やりたいことを再認識させてもらえました。初めての仕事は、セレクトショップを営む友人からの店舗什器製作の依頼。納品後とても喜んでくれ、その結果に手応えを得ました。
 
※1 Free & Easy http://freeandeasy.co.jp/
ラギッドなファッション&ライフスタイルを志向する男性のための月刊誌
 
※2  ハンセン神谷 http://hansenkamiya.com/
太平洋上の島々で古より信仰の対象とされ、ハワイにおいて"ティキ" と呼ばれる神々を、同様のルーツ海洋モンゴロイドの末裔とされる日本人として、アイデンティティを持ちながら創作しつづける彫刻家。
 
 
 【UDW】工房

独立後、無我夢中に仕事に取り組む。

 2005年「UDATSU IRON WORKS」(以下UIW)を設立。まずはホームーページを作ろうと自分で制作。「今考えればひどいサイトでした 笑」
品数も少なく、人の目に止まるようなものではありませんでした。安定して稼げるようになるまでは、本当に長い道のりでした。
 
UIWを設立し、翌年に作業場確保のため自宅兼工房を建築。鉄工所で勤務しながらの作品作り。徐々にオーダーが貰えるようになった頃、ハンセンさんが語った「逃げ道を作る奴は成功しない」という言葉を思い出し、2008年に鉄工所の仕事を辞め独立。ですが、やはりその後は順調とは言えない辛い時期でした。1ヶ月に1個か2個、オーダーがあるくらい。当初はオークションでも販売したり。自分の出来る仕事は何でも請け、なんとか稼いでいかなくてはと、そのときは無我夢中でした。
 
 
 

原点とも言うべき雑誌に取り上げられる!

神谷ハンセン高志さんのことを知るきっかけとなった Free & Easy誌。
その雑誌から「インタビューさせてほしい」と声がかかり、2010年7月号で紹介いただきました。当時、自分がデザインし作るものが、"かっこいい"と漠然と信じてるだけでしたが、確かな自信に変わったことを憶えています。それからも Free & Easy誌にはインテリア特集などで製品を数回紹介してもらいました。
その頃にはホームページをリニューアルしたりして注文も増えてました。世間的にインダストリアル(工業的)デザインが認知されはじめてきたことも影響しているでしょうか。
 
 
【UDW】作業風景 

受注が増えたことで見えてきた方向性。

 現在では青春時代に購入してたアパレルブランドなどにも什器を納品するようになりました。
しかし店舗什器の大量発注等が増えるにつれ、常にクリエイティブでいたいという想いから一点モノのワンオフ製品のオーダーを中心に作っていきたいと考えるようになりました。そして2013年、フルオーダーの製作を行う「SLAG custom made products」(以下SLAG)をスタート。
 
 
 【UDW】宇田津 毅

「TSUYOSHI UDATSU」として。

 今後は「UIW」で定番商品の鉄製店舗什器の製作を行いながら、「SLAG」でフルオーダーを受注していきます。そして、新しく「TSUYOSHI UDATSU」をネームブランドとして活動していく予定です。素材を鉄のみにこだわらず、鉄をベースにデザイナーとしてフレキシブルに活動していきます。アーティストや作家等、他業種の方々とコラボしながら表現の幅を広げていきたい。
 

 インタビュー後記

今でこそ工業的なインダストリアルスタイルは認知されていますが、宇田津氏は日本でのインダストリアルデザインとしては先駆け的な存在。
はじめた当初は世間的にもほとんど知られていなかった時期から、独自の感性をストイックに表現し続けてきました。
彼の気取らず、等身大の自分で居続ける生き方や、あっさりしていて気さくな人柄に惹きつけられます。
 
全て手作業のため同製品であっても2つとして同じものが無く、経年変化されたような味のある雰囲気。
無骨で味わい深いテイストが好みの方へ、お勧めしたいプロダクトです。
 

 

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